カンボジアでボランティア活動をしてみませんか。

 人口1千万人(98年度国勢調査による総人口1,140万人)超えたカンボジアはクメール・ルジューとの間争い内戦を終結して1991年末に各派4派とも円卓テブルでパリー和平協定調印は実現が出来て和平を取り戻した。1992年に(国連カンボジア和平維持機構)UNTAC部隊が発生してカンボジアへ派遣し、第二大戦後史上初日本のPKOがタケオ州へ派遣基地を設けた。1993年にUNTAC総選挙が実施され同年末にUNTAC連合政権が樹立された。第一首相はシハヌーク国王ラナリット王子、第二首相は民間主人公フン・セン氏で世界初共同首相政権が誕生した。首相制は5年間任期ですが、両首相の思惑違いでカンボジアは新たな権力争い・内乱・内戦状態をまた経験した。1997年夏ごろ両首相の警護部隊との間の戦いでプノンペン市内2日間激しい交戦が発生して犠牲者は400名以上出しました。1998年に2回目の総選挙を実施して同年末にフン・セン政権が樹立された。正常化を求めた国際社会に答えるフン・セン首相は1999年4月に東南アジア諸国連盟(ASEAN)に加盟し、日本政府から協力も得て貧困削減・撲滅というテーマで経済政策を打ち出した。ところで現状では行政機能がまだ不完全であり、低賃金制で公務員はモラルを低下させ、汚職などによる国家収入を減少させるため社会経済財政基盤グッド・ガウバナンスがまだ不十分である。同年度の国家議会予算で46%以上軍隊費用に回していた。教育分野は9%ぐらいの予算しかなかった。教育施設不足の中で長引いた内戦の影響で校舎が老化したり、数も少なく農村部に行くほど就学率も低い。医療関係機関では地方村まで診療所という機能が出来ていますが残念なことで医療道具、薬など。。まだ不足している。州立病院レベルでもベット数が足りないため結核病患者、エイズ感染患者は一般患者と一緒に組み入れている。性教育は学校でまだ導入されていないカンボジアは若者エイズ感染者が増加し又は最近麻薬、薬物の問題も社会的な問題となっている。電線が届かない田舎では村人の生活水を良く見ると溜め池水か3−5メートル井戸水を使用している。健康上下痢、マラリア、伝染病がかかりやすいのは現状です。

 明るい将来カンボジアの若者のために外国人観光客の皆様はどのようにどのぐらい程度ボランテェア活動が必要でしょうか。そして今まで日本のお客様が教育・衛生教育・医療など。。支援活動をしてきた資料を御参考の上ご覧下さい。

 






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